NAGI構想の公開にあたって

はじめに

昨年の2025年10月、本ブログで3部構成の記事([パート1]・[パート2]・[パート3]を公開しました。現在のAI技術の延長線上にAGI(汎用人工知能)が存在し得ること、その開発能力が少数の国や企業に集中する「局在リスク」、そしてそのリスクを緩和するための多極化戦略について論じたものです。

あの記事を公開した昨年10月の時点で、私たちはこの議論を一つの政策提言書にまとめていました。「日本AGI基盤(NAGI)構想」、すなわちフロンティアAI学習に必要な大規模計算資源と電源を国家インフラとして整備することを提案する政策提言です。初版は関係者への限定公開にとどめ、フィードバックを得ながら改訂を重ねてきましたが、このたび第二版として広く公開します。

[日本AGI基盤(NAGI)構想 第二版(PDF)]

なぜALIGNが日本の政策を提言するのか

AIアライメントを掲げる団体がなぜ日本の国家インフラに関する政策提言を行うのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。ALIGN(AIアライメントネットワーク)は多様なバックグラウンドを持つメンバーからなるネットワークであり、具体的な技術戦略や政策について単一の見解を持つ組織ではありません。ただ、私たちがミッションを追求するなかで到達した一つの結論は、AGI開発能力の多極化が不可欠であり、その具体的な起点として現在最も有効な打ち手が日本の計算基盤整備にある、というものです。

私たちALIGNのミッションは、AIが人類全体にとって安全かつ有益であるための条件を研究し、その実現に寄与することです。

私たちが目指すのは、多様なAI同士が互いの逸脱を検出し牽制し合い、ネットワークの構造そのものが安全性を担保する「AI生態系」です。その多様性を生み出すには、異なる技術的背景・設計思想・文化的文脈を持つ開発拠点が世界に複数存在する必要があります。

AGI開発能力が少数の主体に集中していれば、その主体の判断ミスや暴走が全体に波及しうる。生態学が教えるように、多様性の低い系は環境変動に対して脆弱です。しかもAGI技術は経済の生産構造を根底から変える力を持つため、開発を放棄する国は経済的発展の基盤そのものを手放すことになり、開発競争は事実上止められません。この制約のもとで、開発能力を持つ極を増やし、多極的で相互依存的なネットワークを構築することが、人類全体のリスクを低減する最善の戦略です。

AGIの安全性をめぐる取り組みでは、産業界・政府にくわえ、FLI、CAIS、GovAIなど独立した非営利組織がそれぞれの立場から研究や政策提言を行っています。ALIGNが日本を拠点とする団体であることは偶然ですが、日本を拠点とする以上、最も直接的かつ有効に働きかけうる相手は日本の政府と社会です。そして次節で論じるように、多極化の起点としての条件を日本が備えているならば、ALIGNがこの提言を日本政府に向けて行うのは自然な流れです。

なぜ日本が第三極の起点なのか

現在、AGIに向けた大規模計算投資を実行できているのは、主に米国と中国です。事実上の二極構造であり、この構造自体がリスクを内包しています。二者間では対立か従属の力学しか働かず、一方の失敗や暴走を牽制する第三者が存在しません。さらに、二者間の競争は開発速度を優先させる圧力を生み、安全性の確保がなおざりにされる危険があります。アライメントの観点から見れば、これは最も警戒すべき構造です。

この二極構造を崩すには、まず第三極が必要です。三者間にはじめて媒介と連携の可能性が生まれ、第三極が技術と知見を共有することで、第四、第五の極への道が開かれます。

第三極に求められる条件は少なくとも三つあります。AGI開発に必要な技術的基盤を有すること。米中いずれにも完全に従属しない地政学的位置にあること。他の国々との信頼関係を基盤として技術拡散の起点となりうること。これらを同時に満たす国は限られています。インドは先端半導体製造の基盤を欠き、英国は安全保障面で米国との一体性が高く(Five Eyes)独立した極としての制約があり、EUは計算インフラの規模確保と意思決定の速度に課題を抱えます。

日本は、先端半導体製造装置の競争力、ノーベル賞受賞者の輩出に示される基礎科学の蓄積、米中いずれの陣営にも完全には包摂されない地政学的位置、そしてアジアと西洋の双方に接続し異なる価値体系の媒介者となりうる文化的位置を兼ね備えています。欠けているのは、フロンティアAI学習を国内で実行できるだけの大規模計算資源と、それを支える安定電源です。

しかし、条件が揃っているだけでは国は動きません。行動を引き出すには、合理的なインセンティブが必要です。ここには二つのインセンティブがあります。一つは経済安全保障です。AGI技術を「使える」ことと「つくれる」ことの間には質的な断絶があり、APIを通じたアクセスは提供者の判断で制限・停止されうる。計算基盤への国家投資は、この依存構造から脱却するための合理的な選択です。もう一つは、多極化を通じた人類全体のリスク低減です。日本が第三極として技術基盤と知見を確立し、それを他の諸国と共有することで、多極化はさらに先へと拡張されうる。

この二つのインセンティブが同じ方向を向いていることに気付いたことが、私たちALIGNが日本政府に向けて提言を行う直接の動機となりました。

NAGI構想の概要

NAGI構想は、この計算基盤と電源のボトルネックに応えるための政策提言です。提言書は日本の政策関係者に向けて書かれており、ALIGNが重視するAI生態系の視点よりも経済安全保障の観点を前面に出して構成しています。ポイントは、本記事で論じたように、この二つの目的が同じ手段で重なるということです。

特定のAIモデルを開発するプロジェクトではなく、国内のあらゆる研究者・企業・スタートアップがフロンティア学習を実行できる共通基盤を、国家インフラとして整備することを提案しています。

具体的には、超大規模計算施設群「ギガデータセンター(GigaDC)」を低環境負荷の発電設備と一体で整備します。短期的には利用可能な電源で速やかに稼働を開始し、中長期的に専用電源へ段階的に拡張する構成です。設計要件、サービス設計、技術構成、制度整備、リスク分析、KPI、ロードマップの詳細は提言書本文をご覧ください。

本構想へのご意見・ご批判を歓迎します。

[日本AGI基盤(NAGI)構想 第二版(PDF)]

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